さいとうこうたろう物語

食にまつわる仕事をする人間が、日々の出来事を軸を持って眺めてみたい。

まとまった時間がないから〇〇できないはいいけど、同時にまとまってない時間でできることを考えよう 2015-12-31

はーいさーい

まとまった時間がないからこういうことはできないって言うフレーズを自分が言い訳として使っていることに気づいた。そしてそれが自分の一日の時間の使い方を制限していることにも。

24時間という限られた枠で何か自分のためになることを実行しようとしていくとどうしても、自分の時間が限られていることに気づく。まとまっている時間がないから、本が読めない、まとまっている時間がないから勉強できない、まとまっている時間がないから体を鍛えることができない。

それはそれで間違っはいない。確かに効率的なことを考えるとある程度物事はまとめてやったほうが能率という観点では上がるものだ。だけど、そうなるとまとまった時間をとる努力をしなくてはいけないし、それをしないで、こういったことを話すのはちょっと違うと思う。

本を読む、勉強する、体を鍛える。これらのフレーズは大きい。どれもこれも1時間とか2時間を必要とする内容だ。では、これを分解できないだろうか??

本を読む目的はなんだろう?新しい知識を得るためであれば、雑学本を買ってみてはいいのではないだろうか?5分程度で1つのトピックに関して読み終わるし、負担も少ない。そして、気になったところは「まとめて」複雑な本を読むと決めれば、手当たり次第の知識を入れる前にフィルタリングできる。

勉強するというのも分解できるだろう。基本的な考え方を理解するという部分は思考必要とするからある程度落ち着いてまとめてやる必要があるかも知れないが、キーフレーズの理解ならば電車に乗りながらでもできるだろう。部分部分をまとめて覚えるのであればちょっとしたスキマ時間でもできるはずだ。むしろその時間に集中して少しのことをすれば効率は上がる。

体を鍛えるのはどうだろう?確かに筋トレはしっかりやったほうが効果も上がるし、満足感も高い。ただ、それを理由にしてしない理由にはならない。例えば満員電車でつま先立ちで立ってみるとか、階段を使ってみるとか、かばんを手に持った時に、少し腕を曲げてみるなど、少しの負荷をかけてやることで、体というのは意外と鍛えられるものだ。

あくまで、予防措置的な対処方法だが、できないということでやらないよりは前進していると思う。移動の時間や、待ち時間などが、生活の中で発生することは多々あるだろうから、そういった際に活用していきたい。

まとまった時間がないからできないというフレーズが思い浮かんだらすぐに、やりたいことを分解して、実践するというのはぜひとも習慣にしていきたい。