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さいとうこうたろう物語

食にまつわる仕事をする人間が、日々の出来事を軸を持って眺めてみたい。

情報の出元の隠蔽と、循環によって情報操作ができるのではないか? 2015-11-23

はいさい!

 印象操作という情報操作というかかなんというか。実際にやろうとしたらどうすればいいのか考えてみた。できるかどうかはわからない・・・(笑)

情報の伝達って情報の面白さと、信ぴょう性によって広がるものだと思う。

情報の面白さ、共有した際の価値というのは誰と共有するかって言う部分が大きく、なかなか特定しにくいが、自分の所属するコミュニティならある程度の想定はつくのではないかと思う。

信ぴょう性は誰が言ったかという部分。権威主義的という側面もあるけど、それ以外にも一定の結論を与えるときに、その人であれば信用できるということ。

情報が伝達するのは上の二点を満たせば拡散しやすいと思う。でも、情報の拡散と同時に、その情報を特定の人に印象づけるにはどうすればいいだろうか。情報の面白さが際立っていればその情報はその人にとって印象深いものとなるのは間違いない。しかしながら、そうなった場合に、その人は裏を取ったりと行動するだろう。

では、情報操作を行いたい場合は、それを回避しなくてはいけない。調べさせてはいけない。どうするか?

裏付けを操作してしまえばいい。裏付けを故意に行うということ。

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上の図は情報の伝達のルートを表している。Aという情報のそもそもの発信者がいて、それがBとDに伝達。BからCへ伝達して、CからEへと伝達。DからもEへ伝達する。

Eに取ってはCという方面からの情報をDという方面からの情報で裏付け。つまり確認作業を省略している。一回目に情報を入手した際に、それほど印象に残らなかったとしても、二回目で印象づけることができるし、裏付けにもなる。

Aから一回Bをかましているのは、EがCとDに対して情報の出元を確認した時に、それがAとBという2つの情報源であるということで、信ぴょう性を下げる要因を減らすため。

こうして文章にしてみれば何の事はない、ダマされるかって思うんだけど、ネット上の話なんかで1つのウェブページではなく、2つの情報ソースを確認しますって人は気をつけたほうがいい。楽をしようとした時に、罠が待っている。2つの違う情報ソースなんだけど、出処が一緒なんてことは往々にしてありえる。しかも、自分がソースとしようとしている場合は、ソースとなる情報源のソースまで更にさかのぼるということはしない場合もあるので注意した方がいい。

重要な事に関しては調べるから大丈夫って思うかもしれないけど、些末な情報が積み重なって情報となってることなんて結構あるから、気をつけたほうがいい。それに、こういう方法が有用な場合って、結局大したことない情報、例えば他人の評価であったり、好き嫌いの話であったりだから、変なところで自分の評価が変化されるから問題。

誰かに大丈夫かって?聞かれた時にそのソースを話さないのは優しさかもしれないけど、こういう情報経路の場合は注意が必要。確かに心配スべきことはあるけど、心配スべきに内容が違うのでは?

なんにせよ、こういった形で情報操作というか印象の受け方が変わってしまうことがあるから、注意しないといけない。自分から他人の評価をかえるために能動的にやるにはリスクが大きすぎるのだが、ふとした瞬間に起きている可能性があるので、注意しないといけない。下手に情報が巡回してしまうともう取り返しがつかない。