さいとうこうたろう物語

食にまつわる仕事をする人間が、日々の出来事を軸を持って眺めてみたい。

自分で行ったことなのに考えが強化されてしまうのは危険

はいさい!

反復学習が有効であるというのはいろいろなところで言われていることなのだけど、無意識の反復学習が間違いを拡散するという危険性がある。

例えばこんなケース。

ネットのどこかから仕入れてきた事実か嘘か怪しい情報を自分からAさんに伝える。Aさんが自分のいないところでBさんに伝える。BさんがさらにCさんに伝える。そして自分がCさんと話しているときにその話題をCさんから聞く。

この場合、AさんからBさん、BさんからCさんと伝わるうちに情報が徐々に変わっていき、Cさんから聞くときは自分が知ってる情報と完全に一致しないため、自分が出どころだと思わずにその話を聞いてしまう。

なんということでしょう!おんなじ情報源なのに、自分と違う人が同じような話を知っていたということで自分の中でその情報の信ぴょう性が上がってしまう。

これが正しい情報であれば問題ないが、自分で自信を持っていない、そこまで熱心に考えていないなど、スキのある情報であると裏をとらずに信じてしまうため、自分の中に正しい情報として蓄積される。

そして、いったん正しいとなった情報はやがて、情報を選択的に選ぶ人間の性質によって、さらにそれを肯定する情報を蓄積していく。

ネットの世界ではこれが起きやすいと思う。

不特定多数の人が見るような場所で、ちょっとした情報を出し、それを意図しない場所で発見したとしたら、およそ人間の想像力ではそれがリンクはしないよね。ということはその情報が第三者の肯定的な意見として受け入れられて、自分の考えを強化する。

自分は発言しないとしても、自分が情報を得た場所からほかの人もその情報を得て、それをもっともらしく拡散して、それを自分が再発見したとしたら?

ネットリテラシーなんて言葉ができて久しいけど、情報の循環が想像の範囲を超えている世界では、情報の内容は疑っていかないといけない。